猟銃・闘牛 (新潮文庫)

猟銃・闘牛 (新潮文庫)

井上 靖

出版社: 新潮社
ISBN: 410106301X
発行年:

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  • yukino-hotaru hotaru

     或る男の13年に渡った不倫の終焉とそこに隠されていた幾つかの真実を、男の妻、愛人、愛人の娘という3人の女性の手紙と、完全なる第三者である一人の詩人の考察から浮き彫りにすることで、どんなにあがいてもどうしても逃れられない「孤独」の本質を描こうとした作品です。

     ある日、一人の詩人のもとに、「三杉」という見知らぬ男から3通の手紙の入った封書が届きます。三杉は、伊豆の山道で一瞬すれ違っただけの自分をモデルにして詩を書いた詩人に、自分の人生の一端を知ってもらいたいという衝動から、彼の人生を大きく動かした3人の女性からの手紙を詩人に送ったのでした。

     一番親しい従妹を欺き、その夫と13年にも渡って不倫を続けた挙句に自殺した母の罪を偶然に知ってしまったことへの悲しみと、その母の罪が、いつか、優しい(母の)従妹にばれるのではないかという罪悪感に苦しむ、愛人の娘「薔子(しょうこ)」からの手紙。

     夫と従姉「彩子」との関係を知っていながら、「謙譲」故に13年間見て見ぬふりを続け、逃げるように享楽的な世界に溺れ、最後の最後に従姉の罪を暴いて審判を下し、彼女を自殺に追込んだと信じている、男の妻「みどり」からの手紙。

     夫の不倫を許せずに離婚したのに自分の不倫は許してしまったその身勝手さを意識し、この関係が従妹の「みどり」にばれたら詫びて死ぬしかないと思っていた筈なのに、いざばれてみると、安堵だけが残り、結局、偶然に時期が重なった「別の理由」で自殺を選んだ「彩子」からの手紙。

     手紙という形式をとった三者三様の独白が絡み合うことで徐々に浮かび上がってくる不倫と彩子の自殺の真相は、三人とも、いえ、三杉も含めて四人とも、心からお互いを愛し・尊重しあっている間柄であるだけに、悲しみや憎しみ、恐怖や空虚さのみならず、いたわり、鬼気迫る感情、やるせない想いなど、非情に多くの感情に溢れています。
     
     とはいえ、この物語は、多くの不倫小説にありがちな、不倫の非道徳性や惨めな結末、まして、ドロドロした部分を描こうとした作品ではなく、あくまでも主題は「誰を愛そうが、誰に愛されようが、結局は逃れられない、誰しもが内に抱える本質的な孤独」とでもいうようなもので、不倫は装置の一つに過ぎないのではないかと感じました。

     3本の手紙を並べたシンプルな構成ながら、絡み合う登場人物たちの感情の豊かさ、詩人という第三者の考察、3本目の手紙を読むまでわからない「心の真実」を探るどこかミステリー的な要素、井上靖独特の静謐かつ優美な文体などが絡み合って層を成した、奥深い作品でした。