「其れはまだ人々が、『愚(おろか)』と云ふ貴い徳を持つて居て、世の中が今のやうに激しく軋み合はない時分であつた。」
そんな一文で始まる、自分の思い描く理想美の虜になった若い刺青師(ほりものし)と、彼に見出されたことで密かに隠し持っていた魔性を一夜にして開花させる少女の物語です。
刺青師を営む清吉の長年の宿願は、「光輝ある美女の肌を得て、それへ己の魂を刺しこむ事」。長い間、彼の理想に見合う女性は見つかりませんでしたが、ある晩春、一人の少女が目の前に現れたことで、とうとう夢が叶い・・・。
選び抜かれた言葉で表現される、無心に眠る少女の白く美しい背中に全身全霊で針を刺し続ける清吉の鬼気迫る様子と、二人を包み込む晩春の景状の精緻な描写。
そして、男のサディズムと女のマゾヒズムが、男の手が少女の背中に刺り込んだ女郎蜘蛛の刺青一つで、女のサディズムと男のマゾヒズムへと変貌する様は、実に見事です。
卓越した言語感覚に裏打ちされた官能美と情景美の絶妙な均衡がもたらす、倒錯的な世界です。
